推奨コース 広域観光 6

推奨コース 広域観光 6 織田信長の尾張国盗り物語を巡る

織田信長誕生の地から歴史をたどる尾張の城めぐり。当時を思い浮かべながら、ゆかりの地をめぐります。

カテゴリー
歴史文化観光
エリア
浮野地区/
広域(愛西市・
清須市・岩倉市・
小牧市ほか)

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戦国歴史

行程所要時間:4〜5時間(岐阜城追加時7時間)

  1. 名二環 大治北IC
  2. 車20分
  3. 勝幡城跡
  4. 車30分
  5. 清洲城
  6. 車30分
  7. 食事
  8. 浮野合戦場址
  9. 車15分
  10. 岩倉城跡
  11. 車20分
  12. 小牧山城
  13. (時間があれば)車60分
  14. 岐阜城

1534年 5月

織田信長、織田信秀の次男として勝幡城で誕生

勝幡城跡

勝幡城跡

織田信長、織田信秀の二男として誕生。[那古野城誕生説など諸説ありますが、最近では、愛知県愛西市と稲沢市にまたがる形で存在した勝幡(しょばた)城だったという説が有力です。]

1555年 4月

信長、叔父織田信光と謀り、守護代織田信友を討ち取り、清洲城を居城とする

清洲城

清洲城

1555年、織田信長が那古野城から入城、永禄3年(1560)桶狭間の戦いに勝利し、清須から天下統一への第一歩を踏み出した城です。

1558年 7月

浮野合戦、信長、岩倉の織田信安に討ち勝つ

浮野合戦場址

浮野合戦場址

清州城主・織田信長と岩倉城主・織田信賢の合戦場。下尾張の実質的支配者である信長と上尾張支配者の信賢の戦であり、尾張統一覇者決定戦場です。清洲より信長軍が3千騎余を率いて、さらに犬山より信清軍が1千騎余を率いて布陣。それに対し岩倉の信賢軍は三千騎余でかまえ、結果は信長・信清軍の勝利に終わりました。

1559年 3月

信長、岩倉城を攻略し城主織田信賢を追放、尾張を平定

岩倉城跡

岩倉城跡

1558年、浮野の戦いで信安の跡を継いだ嫡男信賢は敗れ、翌1559年3月、岩倉城に篭城するも、信長に攻撃されて岩倉城は落城しました。

1563年 7月

信長、美濃攻めの拠点として小牧山に築城し、清洲城から移る

小牧山

小牧山

1563年、織田信長が小牧山に築城。清須から移りました。小牧山城は織田信長によって、美濃攻略の本拠地として築かれた城で、信長がはじめて築いた城でもあります。その後、信長は稲葉山城を陥落し、岐阜城と改めて移住したため、小牧山城は約4年間で廃城となりましたが、のちに豊臣秀吉と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」では、家康がこの地に本陣を置いたとされます。

1567年 8月

稲葉山城落城、城主斎藤龍興伊勢長島に退去。信長、岐阜城と名を改め小牧山城から移る

岐阜城

織田信長が、斎藤龍興から奪取した稲葉山城の縄張りを破却して、新たに造営したものが岐阜城です。

1582年 6月

本能寺の変 信長自決